MADSAKI
マッドサキ
マッドサキ
1974年大阪生まれ。1996年、パーソンズ・スクール・オブ・デザイン(NY)でBFA取得。アカデミックな美術教育を修めながら、一時アートの道をドロップアウトし、メッセンジャーの職に就く。9・11直後、NYのDUMBO地区を拠点としていたストリート・アーティスト・グループ：Barnstormersのメンバーたちとの交流から再び絵を描き始め、そのままBarnstormersに入りストリート・アーティストとして活動。その後ソロに移行し村上隆に見出される形でKaikai Kiki所属となる。幼少よりニュージャージーにて育ち、言語的にも文化的にも人種的にも多数の障壁を経験してきたことが、メジャーに対する疎外感や対抗心となって現在の風刺的な画風に直接的な影響を与えている。世界的アーティストの先達への痛烈な批判とも尊敬の表れとも取れるオマージュ、政治家の肖像、ポップカルチャーを題材としたコミカルな作品、いずれも、自身と自身を取り巻く社会に対するシリアスな批評の目が常にある。
-
Title: Untitled
Year: 2019
Medium: spray paint, acrylic on canvas
Dimensions: 100 x 100 cm (39 3/8 x 39 3/8 in.) -
Title: Three Flags 3
Year: 2018
Medium: acrylic, spray paint on canvas
Dimensions: 77.8 x 115.8 cm (30 5/8 x 45 5/8 in.) -
Title: Head VI 2 II (inspired by Francis Bacon)
Year: 2019
Medium: acrylic paint and aerosol on canvas
Dimensions: 93.2 x 76.5 cm (36 5/8 x 30 1/8 in.) -
Title: TBC
Year: 2022
Medium: aerosol on canvas
Dimensions: 120 x 90 cm (47 1/4 x 35 1/2 in.)
-
Untitled
-
Year: 2019MADSAKIはその他作品でも多くの引用をしているが、本作では、90年代のMTV内で放映されていたコメディアニメ「Beavis and Butt-head」のワンシーンを描いている。Beavis(向かって右)と相棒のButt-Head。Beavisは糖分を摂りすぎたり、過度に興奮するとCornholioという別人格が現れ、シャツの襟を頭に被り、スパニッシュ訛りの早口で理解不能な奇行に走る。MADSAKIは幼少期からアメリカに住み、英語が喋れない時期に絵はコミュニケーションの手段だったと話す。「Beavis and Butt-head」はいかにもブラック・ユーモアだが、言語がダメなら絵で、あるいは行動で垣根を越えて生き抜いていく強さが求められる多民族国家アメリカにおいては、コミュニケーション・ギャップは一つの社会的病理でもある。おそらくMTVをリアルタイムで視聴していたMADSAKIにとっては親しみと懐かしさと同時に、作家の世代で共有されるアメリカらしい文化の一つのアイコンとしての意味合いが強いだろう。
Medium: spray paint, acrylic on canvas
Dimensions: 100 x 100 cm (39 3/8 x 39 3/8 in.)
Acquired from PHILLIPS, 2022
-
Three Flags 3
-
Year: 2018MADASAKIはフランシス・ベーコン、デイヴィッド・ホッニー、ダ・ヴィンチ、クリムトなど過去の著名な作品のオマージュを時折制作している。本作は、アメリカ現代美術の代表作家といって良いジャスパー・ジョーンズによる1958年制作の「Three Flags」(ホイットニー美術館所蔵)を題材としている。オリジナルのジョーンズの作品では、25%ずつサイズが小さくなっていくように３枚のキャンバスが重ねられており、それぞれのキャンバスにはアメリカ合衆国の国旗がエンカウスティック(蜜蝋を用いる古典技法)によって描かれている。MADSAKIはジョーンズの代表作の一つと言って良い本作の最大の特徴である立体的な造形や豊かなテクスチャーを廃し、スプレーペイントの貧弱な線描に置き換えている。ジョーンズの星条旗シリーズは、国旗というものは象徴性が強すぎる故に絵画的な図像としては人々に認識されていないのだということを国民に向かって突きつける問題作だった。過剰な立体造形や蜜蝋の重厚な表情は、星条旗という図像をわかりやすく絵画化するための手段であり、幾何学的構成や色彩構成に重点をスライドさせることで旗という記号性から星条旗のイメージを切り離して見せたのである。しかし、時を経て現在ではアメリカ現代美術の金字塔であるジョーンズの作品自体がかつての彼にとっての国旗と同じ様に強い象徴性を帯びてしまっているとも言える。MADSAKIは「Three Flags」を再び人民の目線に取り戻すのである。
Medium: acrylic, spray paint on canvas
Dimensions: 77.8 x 115.8 cm (30 5/8 x 45 5/8 in.)
Acquired from Phillips, 2022
-
Head VI 2 II (inspired by Francis Bacon)
-
Year: 2019MADSAKIの作品ではさまざまなイメージが引用される。それは時折過去のマスターピースを引用元とすることも多い。本作はタイトルにも示されている通り、フランシス・ベーコンが1948年から1949年の間に制作した「Head」と題した6点の連作のうちの一点を参照している。「Head VI」は獣の咆哮を思わせる叫びの表情や、「frame-space」と呼ばれる白い立方体状の枠線など、ベーコン作品の特徴を明らかに示す名作として知られる。ベーコンにも多くのマスターピースを参照した作品がある。「Head VI」は17世紀スペインのバロック期の画家ベラスケスによる肖像画の最高傑作「インノケンティウス十世の肖像」を下敷きとしたものだ。気に入らない作品を破棄してしまうことが多かったベーコンは現存作品が少ないが、このベラスケスの作品を元にした絵画は多数確認されている。MADAKIがベーコンの何に惹かれたのかは明らかではないが、この点においては似通った感性を見出したことだろう。本作の制作にあたって、MADSAKIはオリジナルを詳しく検分して描いたのであろうことは伺える。構図はある程度正しくトレースされていると言えるだろう。スプレーペイントと油彩では全く異なる画法だが、色彩に関してもオリジナルに似せたニュアンスを追求している。最大の難点であったはずの表情については、MADSAKIの特徴でもある黒い点のような目がくっきりと描かれている。ベーコンのオリジナルでは眼窩が闇に窪んでいくような描写になっていることと比較すると、表現に大きな差異がある。ベーコンは「叫び」という概念自体を描出することを目指し、不安や恐怖などの感情の表象としては描いていないのだが、それを写したはずの本作においてMADASAKIは意図して表情を描き足し、感情を描いているのだ。名画や映画を題材としたシリーズのことを「WANNABIE’S」とシニカルに呼称していることにその態度が透けているが、巨匠の絵画の中に潜んでいる感情を踏まえた上でそれを批判的なユーモアに転じて見せることは、美術の専門教育を受けた上でストリートに身を投じた経歴を持つMADSAKIらしい。
Medium: acrylic paint and aerosol on canvas
Dimensions: 93.2 x 76.5 cm (36 5/8 x 30 1/8 in.)
Acquired from PERROTIN, 2022
-
TBC
-
Year: 2022長引くコロナ禍の中、MADASAKIは第二の故郷と呼ぶハワイへの渡航がままならず大きなストレスを抱えていた。見かねた妻からの提案を受けて単身ハワイへ赴き、知人の家の庭と海との間を往復するだけの日々を過ごす機会を得た。その三週間の日々を撮ったスナップ写真を元に制作した一連の作品を発表したのが2022年の個展「Island Love」である。気の置けない友人との非常にプライベートな時間を描いており、これまでのMADSAKI作品の中では「嫁シリーズ」などと同様に描く対象との心理的距離が近く、作家本人もリラックスして描いているのが伝わってくる。
Medium: aerosol on canvas
Dimensions: 120 x 90 cm (47 1/4 x 35 1/2 in.)
Acquired from Kaikai Kiki Gallery, 2022
ハワイらしい美しい空の下海で海亀と遊ぶ作家自身を描いている。普段のMADSAKIならば目を点のように簡略化して描いてしまうところだが、本作では海亀も自分自身の表情も茶化すようなことはなく写実的に描いているのは翻って意外にさえ思われる。焼けた肌とのコントラストによって余計に白く見える歯を剥き出しにした口元は、疫病に怯えながらの生活環境下においては許されなかった遠慮のない笑みを他者と共有できる幸せが溢れているように見える。たとえその相手が人間でなかったとしても、である。